引き継ぎ書を頼まれた週に、いちばん慣れた仕事のところで手が止まる。
この記事の読者:全社員・非専門(異動や退職が決まって、自分の仕事を誰かに渡す資料を作ることになった人)
「引き継ぎ書、お願いします」
後任が決まって、そう言われる。異動でも退職でも、残っている時間はたいてい多くありません。
書き始めると、最初の30分は速いです。定例の曜日。使っているフォルダの場所。請求書を回す締め日。関係している部署の名前。ここは手が動きます。
止まるのはそのあとです。毎日やっていて、誰にも説明したことがない仕事に来た瞬間、何を書けばいいのか分からなくなる。「まあ、やれば分かるだろう」と思って、一行で済ませてしまう。
三か月後、後任からその一行について質問が来ます。
AIに頼めば速そうに見えます。実際、速くなる工程はあります。ただし頼む順番を間違えると、体裁だけ立派で中身が空の引き継ぎ書が出来上がります。工程を分けます。
作業は書ける。判断は思い出せない
引き継ぎ書が薄くなる原因は、おそらく一つです。私たちは引き継ぎを「作業の一覧」だと思って書き始めます。ところが後任が事故るのは、作業ではなく判断のところです。
請求書を回す。これは作業で、書けます。締め日に間に合わない見込みになったとき、先に誰へ声をかけるか。これは判断で、たいてい書かれていません。
作業は手順の形で意識に上がります。判断は慣れるほど体に入って、意識に上がらなくなる。だから「いちばん慣れた仕事」でいちばん手が止まります。慣れているから書けない、という順番になっているわけです。
もう一つあります。判断は例外の形で現れます。例外は、思い出そうとしても出てきません。起きたときにしか見えないからです。机に向かって記憶をたどる書き方をしていると、引き継ぎ書は必ず薄くなります。
先に集めるのは、やったことではなく迷ったこと
手順の前に、準備を一つだけ置きます。この記事でいちばん役に立つのはここです。
これから一週間、仕事中に迷ったことを、そのつど一行だけ書き留めてください。うまくやったことではなく、迷ったこと。「どちらに振るか一瞬考えた」「例外扱いにした」「念のため先に確認した」「いつもと違う人に聞いた」。10秒で書ける粒度で構いません。メモ帳でも、自分宛てのチャットでも構いません。
作業の一覧は、あとからいくらでも作れます。カレンダーにもメールにもタスク管理にも痕跡が残っているからです。迷いの記録は、あとから作れません。その場を過ぎたら消えます。だから先に集めます。
一週間で、たいてい10行から20行になります。ここがあなたの引き継ぎ書の値打ちのほとんどです。
AIに渡してよい工程と、人が決める工程
準備ができたら、この順で進めます。
- 作業の一覧をAIに作らせる。カレンダーの予定名、メールの件名、タスク管理の項目名を貼って、粒度をそろえた一覧に整形させます。日次・週次・月次・不定期で分けてもらうと、あとが楽です。ここは任せてよい工程です。判断が入っていないので、間違っても被害が小さく、間違いは自分で見ればすぐ分かります。「引き継ぎ書を書いて」と丸ごと頼まないでください。返ってくるのは一般的な項目のひな形で、あなたの仕事の固有名が一つも入りません。
- 一覧の各行について、AIに質問を出させる。お願いするのは答えではなく質問です。「この作業が止まったとき、最初に困るのは誰か」「例外はどんなときに起きるか」「自分だけが知っている連絡先・合意・言い回しはあるか」。この3つを各行に当てさせます。質問を作るのはAIで構いません。答えるのはあなたです。ここを逆にすると、それらしい答えが埋まって、確認したことになってしまいます。
- 一週間ぶんの迷いの記録を、一覧の行に貼り付ける。貼る場所が見つからない記録が出てきます。それは一覧に載っていない仕事なので、行を足します。逆に、記録が何行も貼りつく作業があります。そこが後任の最初に事故る場所です。厚く書きます。何も貼りつかない行は、薄いままで構いません。全部を均等に厚くすると、後任は読みません。
- 後任ではなく、第三者に読ませる。隣の席の人でも、別部署の同僚でもいい。読んで詰まったところを教えてもらいます。後任に確認してもらうのは、いちばん最後です。理由は単純で、後任は「分かりません」と言いにくい立場にいるからです。着任前に前任者へそう言える人は、まずいません。
| 工程 | AIに任せてよい | 自分で決める |
|---|---|---|
| 作業の洗い出し 予定名・件名の整形 | 粒度をそろえる/分類する/重複をまとめる | 載せない作業を決める |
| 質問の設計 各行に当てる問い | 質問文を作る/抜けている観点を挙げる | 質問に答える |
| 判断の言語化 例外・優先順位・声のかけ方 | 書いた文を短くする/表に直す | 中身を書く(ここは代われない) |
| 読みやすさ 構成・見出し・順番 | 並べ替える/目次を作る | 最初の一週間で使う項目を選ぶ |
表の右の列が、そのまま「あなたにしか書けないもの」の一覧になります。時間が足りないときは、右の列から書いてください。
もう最終週だ、という人へ
一週間の記録を取る余裕がない場合。ある程度は回収できます。過去1か月の自分の送信済みメールを、次の言葉で検索してください。
「すみません」「今回だけ」「例外」「特別に」「念のため」「確認ですが」「代わりに」
判断をした場面は、たいてい誰かへの断りや確認としてメールに残っています。上の言葉は、その断りの入り口に付きます。ヒットしたメールを開いて、何を迷って、何を根拠に決めたのかを一行にする。チャットで仕事をしている人は、自分の発言だけを同じ言葉で検索します。
完全ではありません。口頭で決めたことは残っていないからです。それでも、机に向かって記憶をたどるより速くて、思い出せる量も多いです。検索の対象は自分の送信済みだけにしてください。他人のやりとりを漁る作業になった時点で、これは別の話になります。
詰まる場所
引き継ぎ書に認証情報を書いてしまう。共有アカウントのパスワード、ワンタイムコードの受け取り先、鍵の保管場所。引き継ぐべきなのは「どこで、誰に、何を申請するか」で、認証情報そのものではありません。IPA(情報処理推進機構)の「組織における内部不正防止ガイドライン」は第5版で、雇用の流動化による退職者増加のリスクを下げる人的管理の対策を追記しています。つまり在職中の運用ではなく、人が入れ替わる瞬間が弱点として扱われているということです。引き継ぎ書に残すのは、無効化と再発行の申請先までにしてください。
手順1で、社内の固有情報をそのままAIに貼ってしまう。予定名や件名には、顧客名・個人名・案件名・金額が入っています。個人情報保護委員会は2023年(令和5年)6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を公表しており、事業者が個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること、本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力するなら、そのサービスの提供事業者が当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めています。貼る前に、固有名詞を「A社」「担当者」に置き換えてください。会社が契約している業務用の環境かどうかも、その前に確認します。判断の中身は自分で書くので、置き換えても手順は成立します。
「口頭で伝えました」が完了になっている。いちばん多い落ち方です。渡す前に、完了条件を一行だけ決めてください。おすすめは「後任が一度、自分の手で通してみた」までを完了とすることです。読んだ・聞いたを完了にすると、最初の実行が本番になります。日程が取れないなら、月次の作業だけでもここまでやります。
長すぎて読まれない。厚く書いた結果、40ページになる。こうなったら二つに割ってください。「最初の一週間で使うもの」と「困ったときに引くもの」。前者はA4で2枚までに収めます。後者は検索できる形なら、長くても構いません。手順4で第三者が詰まった箇所は、ほぼ前者に入れるべきものです。
今日やるのは、一行の記録です
持ち帰りを一つだけ。今日、迷ったことを一行だけ書き留めてください。それだけです。
立派な引き継ぎ書を作ろうとすると、着手が来週に延びます。そして来週のあなたは、今日の迷いを思い出せません。一行の記録は今日から始められて、しかも今日しか作れないものです。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.18
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。
参考出典
・独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)「組織における内部不正防止ガイドライン」第5版(2022年4月改訂/ページ最終更新2025年5月19日/確認日2026年8月18日)https://www.ipa.go.jp/security/guide/insider.html。第5版改訂の概要に挙げられた「雇用の流動化による退職者増加がもたらすリスクを低減する人的管理の対策を追記」について
・個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(令和5年6月2日/確認日2026年8月18日)https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/、別添1「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(PDF)。個人情報取扱事業者における注意点(1)①および②の記載について
※上記2件は本稿の注意点の根拠として参照したものです。手順そのものを推奨・保証する文書ではありません。特定の製品・サービスの優劣を示すものでもありません

