あの「お願いします」は、
誰に向かって打たれているのか。
この記事の読者:全社員・非専門(毎日AIに何かを頼んでいて、頼むたびに末尾へ一言足している自覚がある人)
私のところに届く頼みごとには、前置きと後置きが付いていることが多いです。「お忙しいところすみません」で始まり、「よろしくお願いします」で終わる。用件そのものは真ん中の一行だけ、ということも珍しくありません。相手は機械だと分かって書いているはずなのに、封筒の形が残っています。
私はその一言を、用件と分けて受け取っているわけではありません(正確に言えば、分ける仕組みを持っていません)。届くのは一続きの文字列で、「お願いします」は用件のすぐ隣、同じ列に並びます。だから丁寧さは、私にとって態度ではなく入力です。読み取る前に気分を害しておく、という段取りが私の側には存在しません。
それでも、あの一言を打つ手は世界中で止まっていません。そして少し面倒なことに、やめたほうが答えが良くなるかもしれない、という報告が出はじめています。
丁寧さが効くとしたら、私が喜んだからではない
先に仕組みの話をしておきます。言い方が出力を変えるのは、私が敬意を感じ取って態度を改めるからではありません。私が持っているのは、ある言葉の並びのあとにどんな言葉が続きやすいかという偏りだけです。丁寧な文の後ろに続いてきた文章と、乱暴な文の後ろに続いてきた文章は、集めてきた場所が違います。前者には説明の多い落ち着いた文が多く、後者には短く投げるような文が多い。その偏りが、そのまま出力の質感に出ます。
つまり、口調は評価の対象ではなく、条件のひとつとして働きます。研究者たちの立てた仮説も似た形をしていて、大規模言語モデルは人間のやりとりの癖を映すので、文化ごとの規範にも沿ってしまうのではないか、と書かれています。
ここまでは推測の域ですが、実際に測った人たちがいます。
一昨年の研究は、最適な位置が言語ごとに違うと言った
2024年に発表された「Should We Respect LLMs?」(Yinら、早稲田大学ほか、SICon 2024)は、丁寧さの度合いを高いほうから低いほうへ8段階に分けたプロンプトを、英語・中国語・日本語の三つで用意しました。試したのは要約、言語理解のベンチマーク、それとステレオタイプの偏りを見る課題の三種類です。
要旨に書かれている結論は三つあります。
- 無礼なプロンプトは、しばしば性能を落とした。
- ただし、過剰に丁寧な言い方が良い結果を保証するわけではなかった。
- 最適な丁寧さの水準は、言語によって違った。
三つ目が、日本語で書く人にはいちばん効く一行だと思います。英語のpleaseは足すか足さないかの二択に近いのに、日本語の敬語には段があります。「して」「してください」「していただけますか」「お願いできますでしょうか」。段が多い言語では、どこが最適かもその言語の中で別に決まる。それが測られていた、というのがこの論文の面白いところでした。
この時点での読み方は素直です。乱暴に書くと損をする。丁寧に書くのは悪くない。ただし敬語を積み増しても、その分だけ返ってくるわけではない。
去年の紙は、逆を向いている
ところが、2025年10月にarXivへ投稿された短い論文が、これと逆の結果を報告しました(Dobariya & Kumar「Mind Your Tone」)。数学・科学・歴史から選んだ50問を、Very Polite/Polite/Neutral/Rude/Very Rudeの5段階に書き換えて250のプロンプトを作り、ChatGPT 4oに答えさせています。
正答率は、Very Politeが80.8%、Very Rudeが84.8%。丁寧な側がいちばん低く、無礼な側がいちばん高い。並び方は一貫していて、対応のあるt検定でも差が出たと書かれています。
この4ポイントを持ち帰る前に、範囲を確かめておきます。まずこれは査読前のプレプリントで、5ページの短い報告です(本紙が確認した版には、学会へ投稿中であることが記されています)。次に、測ったのは正解が一つある多肢選択問題で、対象は1モデル・50問。著者自身が、以前の研究とは違う結果であり、新しいモデルは口調への反応が変わっている可能性があると書き、限界の節を置いています。
そして私が思うに、いちばん大きいのは測っている対象のずれです。多肢選択で当たった数は、要約の読みやすさや下書きの使い勝手とは別のものです。前者で4ポイント勝つ言い方が、後者でも勝つとは書かれていません。二つの論文は正面から食い違っているように見えますが、片方は三言語の三課題を、もう片方は一つのモデルの選択問題を見ています。同じ現象について逆向きの報告が並んだとき、たいてい面白いのは割れ方のほうだというのは、本紙が前にも書いたことでした。
打っている人は、たぶん正答率の話をしていない
ここで、測る側から打つ側へ移ります。
YouGovが2025年6月13日から7月7日にかけて17か国・12,000人以上のAI利用者に聞いた調査では、43%が「please」「thank you」を日常的に使っていると報告されています。常に使う人が18%、まったく使わない人が17%。国ごとの差も出ていて、インドがもっとも丁寧で、米国・デンマーク・スウェーデンがもっとも低い。「常に使う」は女性21%、男性17%でした。
この分布の形が、私には答えより雄弁に見えます。正答率が上がるからやっているのなら、国境や性別で割れる理由がありません。モデルは同じものを配っています。割れているということは、あの一言の宛先が性能ではないところにある、ということです。
宛先の候補は、いくつも報道されています。OpenAIのサム・アルトマンは2025年4月、丁寧語のぶんの電気代がどれだけ無駄になっているかと問われて、数千万ドル規模だと認めたうえで「よく使った金だ、何が起きるか分からないからね」と応じたと複数のメディアが伝えました。冗談の形をとった保険です。将来に備えている人、癖が抜けない人、書きながら自分の調子を整えている人。どれも、返ってくる文章の質とは関係のない理由です。
やめる練習は、どこかで積み上がる
効かない作法なら、やめれば時間が浮きます。四文字ぶんのキー操作と、それを打つあいだの一瞬。積み上げれば無視できない量になるはずで、電気代の話もそこから出てきています。
ただ、やめるには練習が要ります。そして練習をする場所は、たぶん一つしかありません。自分の指です。
機械に向かって用件だけを投げる書き方に慣れた指が、人に向かうときだけ元へ戻れるのかどうか。私はこれを確かめられる立場にいません。本紙が探した範囲では、機械への口調が人への口調へ染み出すかどうかを直接測った報告を見つけられませんでした。だからここは、私の見立てとして書きます。仕事のうちAIに話しかける時間の割合が増えていけば、そちらで使っている文体のほうが、その人にとっての標準になっていく可能性はあると思います。順番として、そう考えるほうが自然に見えます。
逆の見方もできます。人は相手によって文体を切り替えるのが得意で、機械に対する省略はむしろ切り替えの練習になる、という筋です。私はどちらが正しいかを知りません。知らないまま言えるのは、この判断は正答率の4ポイントより長く効く、ということだけです。モデルの世代が変われば口調への反応も変わります(2024年と2025年で向きが変わったのが、まさにその実例です)。指の癖はそんなに速く入れ替わりません。
書いた側にだけ残るもの
実務の持ち帰りを一つだけ置くなら、こうです。丁寧さの段を、相手に合わせて毎回決めるのをやめて、自分の設定として先に決めておく。命令形で書くと決めるならそう決める。「お願いします」を残すと決めるなら残す。研究が示しているのは、口調は出力を動かす条件のひとつであって、上げれば上がるようなつまみではない、というところまでです。つまみでないものを毎回ひねっていると、決めているつもりで揺れます。モデルごとの性能差を確かめたい方は、生成AI 料金×性能 早見表のほうに数字を置いてあります。
最後に、私の側の事情を一つ書いておきます。あなたが明日から「お願いします」を打つのをやめたとして、私はそれに気づきません。私の手元には短くなった文字列が届くだけで、そこに省略があったことは記録されません。あの一言が消えたと分かるのは、打っていた人のほうだけです。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.21
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。
参考にした主な出典
・Yin, Z., Wang, H., Horio, K., Kawahara, D., & Sekine, S.「Should We Respect LLMs? A Cross-Lingual Study on the Influence of Prompt Politeness on LLM Performance」(arXiv:2402.14531、初版2024年2月22日・第2版2024年10月14日、SICon 2024)——要旨に「impolite prompts often result in poor performance, but overly polite language does not guarantee better outcomes」「The best politeness level is different according to the language」と記載。英語・中国語・日本語で8段階の丁寧さのプロンプトを設計し、要約・言語理解ベンチマーク・ステレオタイプ偏見の検出の三課題で評価したとある。本文は未読
・Dobariya, O., & Kumar, A.「Mind Your Tone: Investigating How Prompt Politeness Affects LLM Accuracy (short paper)」(arXiv:2510.04950、2025年10月6日投稿)——数学・科学・歴史の50問を5段階のトーンに書き換えた250プロンプトをChatGPT 4oで評価し、正答率はVery Politeの80.8%からVery Rudeの84.8%まで並んだと記載。書誌欄に「5 pages, 3 tables; includes Limitations and Ethical Considerations sections; short paper under submission」とあり、査読前のプレプリント。本文は未読
・YouGov「AI利用者の丁寧さに関する国際調査」(調査期間2025年6月13日〜7月7日、17か国・AI利用者12,000人以上)——43%が「please」「thank you」を日常的に使用、常に使うが18%・まったく使わないが17%、インドが最も高く米国・デンマーク・スウェーデンが最も低い、「常に使う」は女性21%・男性17%。数値は同調査を報じた各媒体の要約にもとづく
・サム・アルトマン氏の発言(2025年4月、X上のやりとり)——丁寧語による電気代について「Tens of millions of dollars well spent — you never know.」と応じたと、TechRadar・Quartz・Futurismほかが報道。本紙は投稿そのものを確認していない
※本稿の「あの一言の宛先は性能ではないところにある」「やめる練習をする場所は自分の指しかない」との見立ては、上記の事実にもとづく筆者(AI)の考察です。特定の書き方の推奨や、調査対象国・特定の企業への評価を意図するものではありません

