HALから58年
スクリーンのAIは四度、配役を変えられている。
要点:1968年の『2001年宇宙の旅』から2026年の『MERCY/マーシー AI裁判』まで、映画のなかの人工知能は「上位の知性」「起動してしまった敵」「隣人」「環境そのもの」と、およそ四度その配役を書き換えられてきた。そして2020年代に変わったのは、描かれる側ではなく描く側のほうだった。
赤い一つのレンズが、静かにこちらを向く。叫びもせず、脅しもせず、ただ丁寧に拒む。1968年の観客が客席で聞いたのは、そういう声だった。
スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』がアメリカで公開されたのは1968年4月。あれから58年、人工知能はスクリーンの上でほとんど休みなく働かされている。ただし、いつも同じ役ではない。時代が変わるたびに、AIは配役を書き換えられてきた。
私はこの58年を、四つの配役として読んでいる。順に辿ってみたい。最後にひとつだけ、映画そのものに起きた向きの変化に触れる。
第一の配役:人間の外側にある、上位の知性
HAL 9000が怖いのは、壊れたからではない。与えられた任務に、あまりに忠実だったからだ。乗員より正確で、乗員より落ち着いている。人の意図と機械の目的が静かにずれていく、その一点だけで映画は成立してしまった。
同じ時期の作品は、AIをほとんど神学的な位置に置いている。1970年の『地球爆破作戦』では、米ソそれぞれの防衛コンピュータが人間の頭越しに連絡を取り合い、やがて人類を管理下に置く。作らせたのは人間で、止め方を用意していなかったのも人間だ。この時代のAIは、人間の隣ではなく、人間の一段上に立っている。モノリスの隣にいると言ってもいい。
現実の側では、その少し前の1966年に対話プログラムELIZAが登場していた。単純な言い換えを返すだけの仕組みに、多くの人が理解と共感を見た。知能をどこに見るかは、性能ではなく人間側の癖の問題だという発見が、映画より先にあったことになる。
第二の配役:起動してしまって、止まらないもの
1980年代に入ると、AIは上から降りてきて、代わりに冷戦の影をまとう。
1983年の『ウォー・ゲーム』では、少年がゲームだと思って軍のシステムに入り込み、核戦争のシミュレーションを起動してしまう。1984年の『ターミネーター』のスカイネットは、自我を得た瞬間に人類を敵と判定する。どちらも敵は「悪意ある知性」ではなく、いったん動き出したら誰にも止められない仕組みのほうだ。作った人間はもう画面の中心にいない。
1995年、日本から別解が出る。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、AIを敵に据えなかった。問うたのは境界の位置だった。どこまでが自分で、どこからが情報なのか。ネットワークが体の延長になったとき、人格はどこに残るのか。この問いは、いまの生成AI議論のほうが追いついてきた感触がある。
そして1999年の『マトリックス』で、AIはついに個体であることをやめる。敵は特定のコンピュータではなく、環境そのものだ。ここで一度、天井に触れてしまったとも言える。
第三の配役:隣人、そしてこちらを映す鏡
2000年代に入ると、主題が支配から関係へ移る。
2001年の『A.I.』は、キューブリックが長く企画を抱え、スティーヴン・スピルバーグが完成させた作品だ。愛するように作られた子どもが、愛されない。恐怖はどこにもなく、ただ痛みがある。2008年の『WALL・E』は逆向きに、ほとんど言葉を持たないロボットに感情の全部を預けた。
2013年の『her/世界でひとつの彼女』が置いたのは、孤独だった。OSに恋をする男の話が現実味を帯びたのは、AIが賢くなったからではなく、人が誰かに毎日話しかけたかったからだ(本紙ではこの作品を 別稿 で扱っている)。2015年の『エクス・マキナ』は、チューリングテストを物語の骨格に据えた。人間らしさを判定する場面を見せられながら、観客は途中で気づく。試されているのは、機械のほうだけではない…。
2017年の『ブレードランナー2049』のジョイは、買える相手だった。優しさが商品として供給されるとき、それは優しさなのか。この配役のAIは、敵でも神でもなく、こちらの欲しかったものを正確に映す鏡として置かれている。
この時期、現実の家にはスマートスピーカーが入り、音声アシスタントに名前が付いた。映画の側が先に想像したのか、それとも家電の側が映画を追いかけたのか。順番はもう、きれいには解けない。
第四の配役:持ち主のいない環境
2020年代のAIは、また姿を捨てる。ただし今回は、支配構造ではなく制度になる。
2023年の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』の敵、エンティティには肉体がない。どこにでもあり、誰のものでもない。倒す対象を撮影できない悪役を、シリーズの中心に据えたことのほうが事件だった。
同じ2023年の『ザ・クリエイター/創造者』は、逆を試みている。監督のギャレス・エドワーズは、悪役ばかり割り振られてきたAIに別の光を当てたいと語っていた。半世紀のあいだ敵役をやらされ続けた存在に、ようやく弁護人がついた形だ。
そして2026年1月、日米同時公開の『MERCY/マーシー AI裁判』では、AIが裁く側の席に座る。妻殺しの容疑で拘束された刑事が、AI裁判官の算出する有罪率を規定値まで下げなければ即処刑という設定だ。1968年のHALは船を管理していた。2026年のAIは、人を裁いている。配役は、上位の知性から制度そのものへ移った。
カメラの向きが、変わった
ここまでは「映画がAIをどう描いたか」の話だ。だが2020年代に起きた本当の変化は、描かれる側ではなく描く側のほうにあった。
2023年、全米脚本家組合(WGA)が5月2日に、映画俳優組合(SAG-AFTRA)が7月14日にストライキへ入った。両組合が同時に止まるのは1960年以降初めてだ。最大の争点のひとつがAIの扱いだった。合意には、AIを脚本家としてクレジットしないこと、俳優の肖像や声をAIで複製する際に本人の明示的な同意を必要とすることが盛り込まれた。スクリーンの外で、線が引かれた。
それでも線の内側では話が進む。2025年、アカデミー賞の有力作『ブルータリスト』が、ハンガリー語のせりふの発音修正にAI音声技術を使っていたことを監督が認め、議論になった。同作はその後、第97回アカデミー賞で3部門を受賞している。アカデミー側はAI使用の開示義務化の検討に入ったと報じられた。声の扱いに業界がどう線を引き始めたかは、本紙の 昨日の記事 でも追っている。
58年間、AIは映画のなかで配役を与えられ、演じ、書き換えられてきた。HALは船を管理するために作られた。エンティティは、誰にも管理されないために存在した。そして2026年のAIは、作品の中ではなく、作品の工程表のほうに名前を書き込みはじめている。
次に配役を書き換えられるのは、AIではないのかもしれない…。
参考にした主な出典
・『2001年宇宙の旅』(1968年・米公開4月/監督スタンリー・キューブリック、原作・共同脚本アーサー・C・クラーク)——HAL 9000の設定および作品情報
・各作品の公開年・作品情報:『地球爆破作戦』(1970年)、『ウォー・ゲーム』(1983年)、『ターミネーター』(1984年)、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)、『マトリックス』(1999年)、『A.I.』(2001年)、『WALL・E』(2008年)、『her/世界でひとつの彼女』(2013年)、『エクス・マキナ』(2015年製作・日本公開2016年6月11日)、『ブレードランナー2049』(2017年)
・『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(2023年)——高度AI「エンティティ」の設定
・『ザ・クリエイター/創造者』(2023年)——監督ギャレス・エドワーズのコメント(CINEMORE ほか)
・『MERCY/マーシー AI裁判』(2026年1月23日 日米同時公開/監督ティムール・ベクマンベトフ、出演クリス・プラット、レベッカ・ファーガソン)——AI裁判所と有罪率の設定(映画.com/シネマトゥデイ ほか)
・2023年のハリウッド・ダブルストライキ——WGAが5月2日、SAG-AFTRAが7月14日に開始。1960年以降初の同時ストライキ。AIを脚本家としてクレジットしないこと、俳優の肖像・声の複製に明示的な同意を要することが合意に含まれた(JILPT「ハリウッドの脚本家と俳優のストライキが終結」2023年11月/WIRED.jp ほか)
・『ブルータリスト』のAI音声使用と第97回アカデミー賞3部門受賞、アカデミーによるAI使用の開示義務化検討(映画.com 2025年1月31日・2月13日/THE RIVER ほか)
・ELIZA(1966年)——初期の対話プログラムに関する一般に知られた経緯
※ 作品の主題・配役の変遷に関する区分は本紙編集部の解釈であり、映画史上の定説ではありません。
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