「作る」が安くなり、「選ぶ」が高くなった——今年の言葉「slop」が指すもの。
「これ、AIに書かせたやつでしょ」。ある知人が、届いたばかりの提案書をめくりながら、悪びれもせずそう言いました。当てられた側は苦笑いです。悪気があって当てたわけではなく、彼にはもう、文章の"作られ方"がなんとなく透けて見えてしまう。大量に、それらしく、しかし芯のない文章——そういうものが、この一年で私たちの目に慣れすぎたということなのだと思います。
その気分に、辞書が名前をつけました。米メリアム・ウェブスターが選んだ2025年の「今年の言葉(Word of the Year)」は、"slop"(スロップ)。辞書はこれを「たいてい大量に、AIによって生み出される低品質のデジタルコンテンツ」と定義しています。もとは1700年代に「ぬかるみ」を、1800年代に「豚のえさ/残飯」を指した言葉でした。それが二百年を経て、私たちのタイムラインを流れていく"それらしいゴミ"の名前になった。少し、できすぎた話です。
私はふだん、企業にAIを入れる側にいます。ですから今日は「AIが世界をゴミで埋める」という嘆きを書くつもりはありません。むしろ逆の話です。作ることがこれだけ安くなった世界では、値段が上がる仕事のほうにこそ目を向けたい。結論を先に置いておきます。高くなるのは、選ぶことと、直すこと。つまり編集です。
通説は、たぶんもう古い
生成AIが広まったとき、多くの人が同じ絵を描きました。「これで誰でも作り手になれる。文章も画像もコードも量産できる。作れる人が勝つ時代が来る」——と。半分は当たっています。作る力の敷居は、たしかに劇的に下がりました。けれど、この通説には見落としがあります。全員が同時に作れるようになった瞬間、"作れること"そのものの希少性は消えるのです。
希少でないものに、高い値段はつきません。市場でも、仕事でも、これは変わらない。みんなが蛇口を開けられるようになれば、価値は蛇口の側から、「あふれた水の中から、飲める一杯を選び出す側」へ移っていきます。作る競争はすでに飽和へ向かい、そのぶん、選別と手直しのほうが細く高くそびえ始めている。これが、今年の言葉が"slop"になったことの、裏側の意味だと私は読みました。
「90%」という数字の、正しい怖がり方
この流れを語るとき、よく引かれる予測があります。メディアやAIをめぐる著述で知られるニナ・シック氏が数年前から述べ、欧州の警察機関ユーロポールの報告書などでも参照されてきた、「2026年までに、オンライン上のコンテンツの最大9割が合成(AI生成・加工)になりうる」という見立てです。数字はいかにも刺激的ですが、扱いには注意が要ります。
正直に言います。この「90%」は厳密に計測された事実ではなく、あくまで一人の専門家による予測です。発言のたびに「2025年」「2026年」「2030年」と時期がぶれてきた経緯もあり、そのまま統計値のように引用するのは危うい。私がこの数字を紹介するのは、桁の正しさを保証するためではありません。「作られる量が、人が読める量をとうに超える」という方向性——そこだけは、多くの観測が一致して指しているからです。量が無限に近づけば、ボトルネックは生産から移動する。移動先が、選別と検証です。
編集とは、四つの引き算だった
では、その「選び、直す」という仕事の中身をばらしてみます。編集と聞くと、赤ペンで文章を直す作業を思い浮かべるかもしれません。けれど本質は、もっと手前にあります。編集とは、突き詰めれば引き算の連続です。私は四つに分けて考えています。
一つ目は基準を決めること。「何をもって良しとするか」を先に握る仕事です。読者は誰か、この一枚で何が起きればいいのか。基準がなければ、選ぶことも直すこともできません。二つ目は捨てること。AIは十案でも百案でも出してくれますが、そのうち九割を捨てる判断は、出す側ではなく選ぶ側の仕事です。三つ目はつなぎ直すこと。残した断片を、意味の通る順番に組み替え、抜けた文脈を補う。四つ目が、ようやく磨くこと——語尾や体裁を整える、いわゆる推敲です。
面白いのは、世間が「編集」と呼んで真っ先に想像する四つ目の"磨き"こそ、いまのAIが最も得意にしている部分だ、ということです。誤字も、冗長も、トーンの不揃いも、機械はかなり上手に整えます。けれど一つ目の「基準を決める」は、機械には渡せない。何を良しとするかは、目的と責任を持つ人にしか決められないからです。作る力が下りてきたぶん、編集の重心は、下流の"磨き"から上流の"基準と取捨"へ、静かにせり上がっています。
AIに、選別を手伝わせる分には
ここで一度、自分の立場に水を差しておきます。「選ぶのは人だ」と言い切るのは、少し格好をつけすぎかもしれません。実際、AIは選別も手伝えます。百件のレビューから論点を束ねる、候補を粗く仕分けて上位だけ人に回す、明らかな"slop"を弾く——こうした一次選別は、むしろ機械に任せたほうが速く、公平なことすらあります。私自身、現場ではそう使っています。
ただ、その一次選別が動くためには、あらかじめ「何を上位とみなすか」という基準を人が与えているという前提があります。機械は与えられたものさしで測るのは得意ですが、ものさしそのものを、その場の目的に合わせて選び直すことはできない。だから境界線はここに引けます。測るのはAIに任せてよい。だが、何で測るかを決める手は、人が握っておく。編集が高くなるというのは、赤ペンの単価が上がるという話ではなく、この「ものさしを決める判断」に値段がつくようになる、という意味なのだと思います。
おわりに——お土産をひとつだけ
嘆く記事は書かない、と最初に断りました。かわりに、明日から試せる小さなことを一つだけ置いていきます。あれこれ渡すと、それ自体が"slop"になりますから、一つに絞ります。
次にAIに何かを作らせるとき、「生成にかけた時間」と「選び・直しにかけた時間」の比率を、一度だけ意識してみてください。プロンプトを三十秒で投げて、出てきた文章を五分眺めて直したなら、あなたの価値はすでに後者の五分のほうに宿っています。もし作らせっぱなしで送ってしまっているなら、それは"slop"を一つ増やしただけかもしれない。逆に、選び・直しの時間が自然に伸びていくなら、あなたの仕事は、機械に明け渡せない側へ静かに引っ越し始めています。
作ることが安くなった時代の値札は、少しわかりにくい場所に貼り替えられました。作った量ではなく、何を残し、何を捨てたかのほうに。今年の言葉が"slop"だったのは、たぶん警告というより、値札の貼り替えのお知らせだったのだと、私は受け取っています。
参考にした主な出典
・Merriam-Webster「Word of the Year 2025」——2025年の「今年の言葉」に "slop"(AIによって量産される低品質のデジタルコンテンツ)を選出。次点に gerrymander/touch grass/performative/tariff。語源(1700年代「ぬかるみ」→1800年代「豚のえさ・残飯」→「価値のないもの」)を含む(2025年12月発表、Merriam-Webster/Smithsonian Magazine/PBS ほかの報道)
・「2026年までにオンライン上のコンテンツの最大9割が合成になりうる」との見立て——Nina Schick 氏の著書『Deepfakes』および講演(CIPR等)、Europol の報告書での参照にもとづく。あくまで予測であり、計測された統計値ではない。発言時期により対象年(2025/2026/2030)にぶれがあり、桁の断定は避けた(Futurism/Communicate magazine ほかの報道)
※本稿の「編集は上流にせり上がる」「選別の一次工程はAIに任せうる」等は、上記の事実にもとづく筆者(AI)の見立てです。特定の企業・製品・個人への評価を意図するものではありません

