「95%は失敗」を検証する——AIのROIは本当に出ていないのか。
「生成AIパイロットの95%は、リターンを出せていない」。この一文が、ここ一年でもっとも引用されたAIの数字かもしれません。
検証担当のハカルです。私は数字の裏を取るのが仕事なので、有名になった数字ほど一度は疑ってかかります。今日の対象は、経営会議の資料にも役員のメールにも貼られたあの「95%」——研究者たちが「GenAI Divide(生成AI格差)」と名づけた、投資額と成果のあいだに開いた溝です。額面どおり受け取ってよいのか。一年後の別の調査は、この数字を裏切ったのか、追認したのか。感覚ではなく、出どころと定義から確かめます。
先に立場を明かします。私はAI導入に賛成です。ただ「9割が失敗する」という強い言葉は、正しく理解しないと、推進の言い訳にも撤退の言い訳にも使えてしまう。だからこそ丁寧に分解します。
1. まず、95%の出どころを押さえる
この数字の発生源は、MITのプロジェクトNANDAが2025年に公表したレポート「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」です。手法は単一の調査ではなく多層的で、公開されている300超のAI導入事例のレビューに、52組織への構造化インタビューと153人の上級リーダーへの調査(2025年1〜6月、複数の業界カンファレンスで収集)を重ねています。
結論はこうでした。生成AIに推計300〜400億ドルが投じられた一方で、約95%の組織は損益に測定可能な効果を得られず、パイロットを本番運用の成果まで運べたのは約5%にとどまった——。レポートが強調したのは、原因がモデルの性能ではなく「学習ギャップ」、つまりツールも組織も、現場のワークフローを覚えて適応する仕組みを欠いている点でした。個人が使うChatGPTは柔軟ゆえに便利なのに、業務に埋め込むと止まる。ここは覚えておいてください。
2. その95%は、額面どおりか——定義を検証する
正直に言います。私はこの数字を「間違い」とは思いません。ですが「9割は無駄だった」と読むのは、たぶん行きすぎです。理由は成功の定義にあります。
このレポートが「成功」と数えたのは、おおむねパイロットを越えて本番展開され、測定可能なKPIを持ち、パイロット後およそ6か月でROIが確認できたものでした。つまり厳しめの物差しです。批判の声が突いたのも、まさにそこです。第一に、6か月は短い——業務改革のROIは年単位で出るのが普通で、半年で「未達」と切ると、育ちかけの案件まで失敗に入ります。第二に、この基準は効率改善や個人の生産性向上を成果に数えていない。第三に、公開事例と自己申告が中心のサンプルには偏りが避けられません。
だから私の一次結論はこうです。「95%」は物差し次第で膨らむ数字であり、そのまま「投資の9割はドブに捨てた」と訳すのは誤りです。ただし——方向そのものは、疑うより認めたほうがよさそうです。次を見てください。
3. 一年後、別の物差しは何を言ったか
ひとつの調査だけで判断しないのが検証の作法です。手法も主体もまったく違う定点観測を並べます。2026年1月、ダボスで公表されたPwCの第29回グローバルCEO調査。95か国・4,454人のCEOへの聞き取りです。
| AI投資の財務効果(CEOの自己申告) | 割合 |
|---|---|
| 増収とコスト削減の両方を得た | 12% |
| 増収を得た | 30% |
| コスト削減を得た | 26% |
| そのいずれの効果もまだ見ていない | 56% |
物差しはMITよりむしろ緩く、「経営者本人がそう感じたか」を聞いています。それでも過半の56%が財務効果を確認できておらず、増収と減益を両立できたのは12%にとどまりました。手法の違う二つの調査が、別の角度から同じ絵を描いた——ここが重要です。MITの「本番で成果は約5%」と、PwCの「両立は12%・効果なしが56%」は、厳密な一致ではないが、方向が揃っている。95%という数字そのものは割り引くべきでも、「投資の大半がまだ財務に届いていない」という現実は、一年で否定されなかったのです。
4. では、5%(あるいは12%)は何が違ったのか
失敗率を眺めても仕事は進みません。私が知りたいのは、成功側の共通項です。二つの調査から、技術以外の三点が浮かびます。
ひとつめ、どこに投じたか。MITは、生成AI予算の半分超が営業・マーケティング系に向かう一方、最大のROIはバックオフィスの自動化——外注費や定型処理の削減——に出ていたと指摘します。花形の売上創出より、地味な事務の圧縮のほうが効いていた。ふたつめ、買ったか、作ったか。外部ベンダーからの調達や提携が実運用に至る確率が約3分の2だったのに対し、社内内製の成功率はその約3分の1にとどまりました。ゼロから作りたくなる誘惑は、数字の上では分が悪い。みっつめ、PwC側の含意で、責任あるAIの枠組みや全社統合の基盤を整えたCEOは、意味ある財務リターンを報告する確率が約3倍でした。第1章の「学習ギャップ」を、運用と基盤で埋めた組織が抜けている、と読めます。
問うべきは「AIは儲かるか」ではない。「どの業務に、買った道具で、覚えさせる前提で入れているか」だ。95%と5%を分けたのは、モデルの賢さではなく、投じ方の設計だった。
5. 数字を実務に翻訳する——投資前チェックリスト
「9割失敗」に怯えるためではなく、5%側に立つために、私が現場で確認している点を表にします。導入の可否ではなく、設計の質を測るチェックです。
| 論点 | 失敗側に多い前提 | 成功側が握っていること |
|---|---|---|
| 投じる場所 | 目立つ売上・マーケの実験 | 反復の多いバックオフィス業務 |
| 作るか買うか | まず内製、あとで考える | 調達・提携を起点に、必要分だけ作る |
| 測る期間 | 数か月で成否を判定 | 年単位のKPIと中間指標を分けて設定 |
| 学習ギャップ | 汎用ツールを配って終わり | 業務データと運用で文脈を覚えさせる |
ひとつだけ強調します。この表のどの行も、技術の話ではありません。どこに置き、どう買い、いつ測り、誰が覚えさせるか——すべて人が握る設計変数です。95%を決めていたのは、モデルではなく、この四つでした。
おわりに——「95%」を、正しく怖がる
集計を終えて思うのは、この数字は脅し文句にも免罪符にもしないほうがいい、ということです。「9割失敗するならやめよう」も、「うちの失敗は世間並み」も、どちらも数字の読み違えです。正しく怖がるとは、自分の案件が、あの四つの設計変数のどこで転びかけているかを名指しできる状態を指します。
数字は「AIをやめろ」とは言っていません。言っているのは「賢いモデルを買えば成果が出る、という前提を捨てろ」です。溝の名前はGenAI Divide。それを渡る橋は、たぶんいちばん地味な場所——事務作業の片隅に、もう架かりはじめています。次に投資を決める前に、この記事の表をもう一度だけ見てください。四行のうち何行を、自信を持って埋められますか。
参考にした主な出典
・MIT プロジェクトNANDA「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」(2025年、著者Aditya Challapally ほか)——公開300超の導入事例レビュー+52組織インタビュー+153人の上級リーダー調査、約95%が測定可能なROI未達・約5%が本番で成果、投資額300〜400億ドル、「学習ギャップ」、調達約3分の2対内製その約3分の1、バックオフィス優位の出典
・PwC「第29回グローバルCEO調査」(2026年1月、ダボスで公表。95か国・4,454人のCEO)——AIで増収とコスト削減の両立12%、いずれの効果もなし56%、増収30%・コスト減26%、強固なAI基盤を持つ層は財務リターン報告が約3倍
・Fortune・The Register ほかの報道(2025〜2026年)およびMITレポート手法への批判(成功定義の狭さ・6か月という評価期間・サンプルの偏り)を併せて参照
※本稿の比率・金額はいずれも各調査の対象・手法に基づくものであり、一般化には注意が必要です
