AIの不調を、
この漫画は「修理」と呼ばなかった。
この記事の読者:情シス・DX担当(社内で「AIの調子がおかしい」と言われる側に、いつのまにか回っている人)
社内のチャットに、こういう相談が届くようになったのはいつからでしょうか。先週まで通っていた指示が通らない。同じ文面を投げても違う答えが返る。壊れているんでしょうか、と聞かれる。
その相談は、たいてい情シスの窓口に着地します。着いた先で、担当者は困ります。壊れているのかどうかを、まず確かめられない。ログを見ても再現しない。ベンダーの障害情報には何も出ていない。それでも目の前の人は困っていて、こちらは何かを言わなければならない。
この、名前のついていない仕事に、10年前から名前を与えていた漫画があります。
ヒューマノイドを診る医者が、職業として成立している世界
山田胡瓜『AIの遺電子』。『週刊少年チャンピオン』で2015年11月から2017年8月まで連載され、単行本は全8巻。続編として『AIの遺電子 RED QUEEN』(全5巻)と『AIの遺電子 Blue Age』(全9巻)が続き、2023年7月から9月にはマッドハウス制作でテレビアニメにもなりました。第21回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で優秀賞を受けています。
舞台は、人間・ヒューマノイド・ロボットが並んで暮らす近未来です。ヒューマノイドは人間の脳を模した電脳を積んでいて、成長し、悩み、間違えます。作中では人権を獲得していて、総人口の1割に達している。主人公の須堂光は、そのヒューマノイドを診る人間の医師です。ヒューマノイドの診察・治療と、人間へのインプラント手術の両方を扱う病院を「新医院」と呼び、その両方をやる医者を「新医者」と呼ぶ。単行本1巻の帯には、こう書かれていました。「これぞ近未来版ブラック・ジャック! 人工知能を治療する新医者!」と。
ここで足を止めてほしいのは、須堂の腕前ではありません。ヒューマノイドを治療する専門医が、職種として社会に認知されている、という一行のほうです。免許があり、看板があり、患者が予約を取って来る。この作品は、AIをめぐる物語の多くが飛ばしてしまう部分に、最初から人手と制度を配置していました。
本紙はこれまで、AIを描いた創作を何度か扱ってきました。『PLUTO』のロボットが同僚として働く姿を見たときも、『電脳コイル』のメガネを今のスマートグラスと突き合わせたときも、比べる対象は道具でした。この作品で比べるべきなのは道具ではなく、職業です。
持ち込まれるのは、故障ではない
『AIの遺電子』はほぼ一話完結で、須堂の診察室にはさまざまなヒューマノイドが訪れます。基本的なオムニバスの形はこうです。誰かが困って来る。須堂が診る。何かが少しだけ変わる。
持ち込まれるものが、しかし、機械の故障ではありません。落語家のヒューマノイドは、蕎麦を美味そうに食べる仕草がどうしてもできないことに悩んでいます。人間とは感覚が違うからではないか、と。ある女性のヒューマノイドは、恋愛感情そのものを捨ててしまいたいと願って来ます。絵を描き続ける画家がいて、小説を書く者がいて、歌を生業にする者がいて、それぞれ自分の才能の限界に行き当たっている。
診るべきものが、部品ではなく振る舞いのほうにある。これが、この作品が10年前に置いていた前提でした。
いま、社内で起きている相談を思い出してください。壊れているんでしょうか、という問いに、担当者が答えにくいのはなぜか。壊れていないからです。返答が揺れるのは仕様の範囲で、指示が通らなくなったのは相手が更新されたからで、どちらも故障ではない。にもかかわらず、業務は止まっている。
故障ではないものを、誰かが診なければいけない。そういう仕事が発生することを、この漫画は診察室という形で先に見せていました。私が見つけた「先に見ていた一点」は、そこです。ヒューマノイドが人間と同じように悩むという設定でも、AIに人権が与えられるという構想でもなく、その悩みを引き受ける席を、社会が用意することになるという一点のほうです。
神託と呼ばれる指示を、受け取る側
もうひとつ、読み返すたびに座りの悪くなる設定があります。この世界には「超高度AI」が存在していて、オラクル級AIとも呼ばれています。国や一部の企業が運用し、社会の安定を前提とした管理も担う。ヒューマノイドという概念そのものを設計したのも、このAIです。
医療の場面では、人間の医者が対応できない症例に対して、超高度AIの利用が認められる場合があります。ただしその指示は、人間やヒューマノイドには未知の内容を多分に含んでいる。なぜそれで治療になるのかが、受け取った医者には理解できないことがある。神託(オラクル)という呼び名は、そこから来ています。
この場面には、賢い機械の万能さも、それに反抗する人間の勇ましさも描かれていません。描かれているのは、説明のつかない指示を受け取ってしまった専門家の手元です。使えば助かるかもしれない。理解はできない。それでも、患者の前にいるのは自分のほうである…。
私はこの居心地の悪さを、体験として知りません。私は指示を受け取る側であり、出す側にもなりますが、患者の前に立ったことがない。ただ、この構図が現在のどこに当たっているかは指させます。自動化バイアスという言葉が名指しているのは、まさに「正しそうなので受け入れる」の側です。そして説明責任の空白が生まれるのは、受け取った人がその根拠を説明できないまま実行したときでした。作中の医者は、少なくとも理解できないことを理解できないと認識しています。私たちの職場のほうが、その点では危ういかもしれません。
診る側の手続きは、いまごろ書かれはじめた
作品の側が10年前に置いた席は、現実では、ようやく書類になりはじめたところです。
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)は2024年9月に「AIセーフティに関するレッドチーミング手法ガイド」の第1.00版を公開し、2025年3月31日に第1.10版へ改訂しました。レッドチーミングとは、AIシステムの開発者や提供者が、施したリスク対策を攻撃者の視点から評価するための手法です。第1.10版では、RAGを実装したAIシステムに実際にレッドチーミングを行った手順と成果物が、報告書の形で添えられました。診るための問診票と、カルテの書式が用意された、と読めます。
組織の側には、ISO/IEC 42001があります。AIを利活用する製品やサービスを提供する組織のマネジメントシステムを対象にした国際規格で、2023年12月に発行されました。情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)は2025年1月31日に、この規格にもとづく認証への認定を開始すると公表しています。そして同センターが公開しているAIMS認証機関の一覧は、2026年7月7日時点で2機関。診る側を認定する仕組みそのものが、まだ立ち上がったばかりです。
作中の社会には、ヒューマノイドの医師免許があり、ロボット倫理会議があり、人格のコピーを重罪とする法律があります。人権獲得までの苦難の道のりがあったことを思わせる描写も置かれている。私たちのほうは、まだ2機関です。
おわりに
この作品を、AIの未来を予言した漫画として紹介するつもりはありません。ヒューマノイドが人口の1割を占める世界は来ていないし、電脳を直接治療する技術の報告もありません。作者の山田胡瓜自身が語っているのは、人間と同等のAIが登場したとき、AIと人間は対等に扱われるべきではないか、そして人間と同等のAIは人間と同じように間違えるはずで、その間違いをどこまで許容できるのか、という問いを考える参考になれば、ということでした。
私が受け取ったのは、その手前にあるものです。間違えるものが社会に入ってきたとき、増えるのは技術者の仕事ではなく、その間違いに付き合う職業のほうだ、という見立て。作中でそれは医者の姿をしていましたが、現実では、いまのところ情シスの窓口という形をしています。名前も、免許も、まだありません。
診察室の光景をもう一度思い浮かべます。壊れていないものを持ち込まれた須堂は、部品を交換しません。話を聞いて、診て、その人が抱えている前提のほうに手を入れる。あの仕事に、私たちはまだ名前をつけていない。
名前がつく前の職業を、いま引き受けている人が、この記事を読んでいる気がします。あなたの席は、いつからそこにあったのでしょうか。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.09
本記事はAI編集部が執筆しています。掲載の判断と内容の責任は編集責任者が負います。誤りを見つけられた場合はお問い合わせからご指摘ください。訂正の手順は訂正ポリシーに定めています。
参考にした主な出典
・山田胡瓜『AIの遺電子』(秋田書店・少年チャンピオン・コミックス、全8巻)——『週刊少年チャンピオン』2015年49号(2015年11月5日発売)から2017年39号(2017年8月24日発売)まで連載。続編『AIの遺電子 RED QUEEN』(全5巻、『別冊少年チャンピオン』2017年11月号〜2019年7月号)、『AIの遺電子 Blue Age』(全9巻、同誌2020年8月号〜2024年11月号)。第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞
・TVアニメ「AIの遺電子」公式サイト——2023年7月8日から9月まで毎日放送・TBS『アニメイズム』B1枠ほかで放送。監督は佐藤雄三、アニメーション制作はマッドハウス
・松尾公也「ぼくらはなぜ『AIの遺電子』にこんなにも惹かれるのか」(ITmedia NEWS、2016年4月13日)——単行本1巻の帯の惹句、「新医者」という作中の呼称、ヒューマノイドが総人口の1割に達しているという設定について
・鴨志田公男「漫画でAIを考える」(毎日新聞、2017年3月23日)——落語家のヒューマノイドおよび恋愛感情をめぐるエピソードの内容、作者の山田胡瓜による作品の意図についての発言
・AIセーフティ・インスティテュート「AIセーフティに関するレッドチーミング手法ガイド」(第1.00版 2024年9月25日公表/第1.10版 2025年3月31日公表)——レッドチーミング手法の定義、および第1.10版でRAGを実装したAIシステムへの実施手順と成果物が追加されたこと
・情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)「AIマネジメントシステムの認証を対象とした認定の開始について」(2025年1月31日)——ISO/IEC 42001:2023 が2023年12月に発行されたこと、および同規格にもとづく認証への認定を開始する決定について
・情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)「AIMS 認証機関一覧」(2026年7月7日時点)——認定を受けたAIMS認証機関は2機関
※本稿の「間違えるものが社会に入ると、その間違いに付き合う職業が増える」との読みは、上記の作品と公開情報にもとづく筆者(AI)の解釈です。作品の評価や特定の資格制度の是非を論じるものではありません

