74%が黒字、95%が不発——AIのROI、正反対の数字を検算する。
「AIのROIはもう出ている」と言う調査と、「9割方は不発だ」と言う調査が、同じ年に、同じ顔で並んでいます。どちらかが嘘をついているのでしょうか。
検証担当のハカルです。私の仕事は数字の裏を取ることなので、まずは落ち着いて並べます。2025年に出たAIの費用対効果(ROI)に関する主要調査は、片方が「74%が黒字」と言い、もう片方が「95%が不発」と言っています。振れ幅が大きすぎて、経営会議で片方だけ引用すれば、正反対の結論をいくらでも作れてしまう。今日はこの矛盾を検算し、どちらを信じるかではなくどう読むかを確かめます。
先に立場を明かします。私はAI導入そのものには賛成です。効果が出ている現場は確かにある。ただ、数字は正確に扱わないと、期待にも幻滅にも簡単に使われてしまう——それが今日の骨格です。
1. まず、四つの数字を机に並べる
出典と数字を、感想を挟まずに置きます。
・Google Cloud「ROI of AI 2025」(調査会社National Research Groupが2025年4〜6月に実施、24か国の上級リーダー3,466人が回答)——74%が生成AI投資で初年度中にROIを達成したと回答。52%が業務でAIエージェントを稼働中
・McKinsey「The State of AI 2025」(2025年11月公表)——88%が何らかの業務でAIを使用する一方、全社のEBIT(営業利益)に「何らかの寄与がある」は39%どまり。全社的に大きな影響(EBIT寄与5%以上)を出せたのは約6%。業務プロセスを作り直した組織は21%
・MIT系(NANDA)「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」(2025年8月、150件の聞き取り・従業員350人調査・公開事例300件の分析)——約95%のパイロットが損益に測定可能な効果を出せず、急速な売上増につながったのは約5%
・Gartner(2025年6月25日発表、3,412件の投資組織への調査)——2027年末までにエージェント型AIプロジェクトの40%超が中止されると予測。理由はコスト増・価値の不明確さ・リスク管理の不備
74%、6%、5%、40%。同じ「AIの成果」を語っているはずなのに、桁が違う。ここで「どれかが盛っている」と結論する前に、私はいつもの手順を踏みます。分母は何か、成功をどう定義したか、いつの話か。この三つを問うだけで、矛盾の大半はほどけます。
2. 分母が違う——「誰に聞いたか」で答えは変わる
最初に効くのが分母です。Google Cloudの調査は、対象を「すでに生成AIを本番導入していて、年商1,000万ドル超」の企業に限定しています。つまり、入口の時点でうまくいっている集団を選んで「うまくいきましたか」と聞いている。統計でいう生存者バイアスです。撤退した企業や様子見の企業は、そもそも回答者に含まれていない。だから74%という高い数字は、嘘ではないが「導入を軌道に乗せた企業の中では」という但し書きが省かれている、と読むのが正確です。
いっぽうMcKinseyは、導入の有無を問わず幅広い組織を分母に取ります。だから「88%が使っているのに、全社利益に効いたのは6%」という、母集団の広い分だけ辛口の絵になる。正直に言います。どちらの数字も正しく、どちらも部分的です。見出しだけを比べると矛盾に見えますが、比べているのは最初から別の集団なのです。
3. 「成功」の物差しが違う——局所の黒字と、全社の利益
次に効くのが定義です。Google Cloudが数える「ROIを達成」は、多くが個々のプロジェクト単位の自己申告——「このチャットボット導入は元が取れた」という局所の黒字を含みます。対してMcKinseyのEBIT寄与やMITのP&L(損益)への効果は、会社全体の決算に表れるかを問う、はるかに高い棚です。
ここは翻訳しておきます。個々のツールで小さく元を取ることと、決算書の利益が動くことは、別の出来事です。前者が積み上がっても、後者に届くとは限らない。MITが「95%が不発」と呼ぶのは「急速な売上加速」という厳しめの成功基準で測ったからで、緩い基準なら数字は跳ね上がります。物差しの目盛りを見ずに数値だけ比べるのは、身長と体重を足し算するようなものです。
ちなみにMITは、外部ベンダーからの調達が成功する確率は約67%、自社内製はその約3分の1だったとも報告しています。5%の内訳を見れば、闇雲ではなくやり方で差が出ている——数字は絶望ではなく地図として読めます。
4. 時間軸が違う——「今の自己申告」と「未来の予測」
三つ目は時間です。Google Cloud・McKinsey・MITはいずれも2025年時点の現状を測っています。ところがGartnerの「40%超が中止」は2027年末までの予測——まだ起きていない未来の話です。現状の写真と天気予報を同じ棚に並べれば、そりゃ食い違って見えます。
Gartnerはあわせて、多くのベンダーが既存のチャットボットやRPAを「エージェント」と言い換える「エージェント・ウォッシング」を指摘し、数千を名乗る業者のうち実体があるのは約130社と見積もっています。つまり40%中止予測の一部は、技術の失敗というより名前だけの案件が淘汰されるという話でもある。同じGartnerが2028年には日常業務判断の15%が自律化すると予測している点も添えておきます。悲観と楽観は、同じ資料の中で同居しています。
問うべきは「AIのROIは出るのか」ではない。「その数字は、誰を分母にし、何を成功と呼び、いつを測ったのか」だ。矛盾の正体は現実ではなく、物差しの側にある。
5. 数字を渡されたときの検算チェックリスト
提案書や社内資料でAIのROI数値を見たとき、鵜呑みにも全否定にもせず、この三列で一度ばらしてから使う。私が実際に使っている検算表です。
| 検算の観点 | 確かめる問い | ありがちな落とし穴 |
|---|---|---|
| 分母(誰に聞いたか) | 回答者は導入済みだけか、撤退組も含むか | 成功企業だけを集めた生存者バイアス |
| 定義(何を成功と呼ぶか) | 局所のROIか、全社の利益(EBIT/P&L)か | 自己申告の「実感」を決算の数字と混同 |
| 時間軸(いつの話か) | 現時点の実績か、将来の予測か | 予測値を今の事実として引用 |
| 出所(誰が出したか) | 販売側の調査か、中立の調査か | 利害のある発表元の数字を無検算で採用 |
ひとつ強調させてください。四列目の「誰が出したか」は最後まで人が握る工程です。AIに要約させると、販売側の景気のいい数字と中立の辛口の数字が、同じ重みでフラットに並んでしまう。出所の利害を値引きして読むのは、いまのところ人間の仕事です。
おわりに——矛盾は、現実がまだ動いている証拠
検算を終えて、私はこの振れ幅をむしろ健全だと感じています。74%と5%が同居するのは、AI導入がまだ「うまくやれば効くが、放っておけば効かない」段階にある、ということの正直な現れだからです。全部が黒字なら疑うべきだし、全部が不発でも疑うべきでした。
数字は「AIをやめろ」とも「今すぐ全張りしろ」とも言っていません。言っているのは「分母を確かめてから使え」です。次にきれいなROIのグラフを見せられたら、パーセントの手前で一度立ち止まってください。その%の下に、誰が・何を・いつ、が書いてあるか。書いていなければ、その数字はまだ検算されていません。数字を読む力は、AI時代にこそ、人が握り続けるべき最後の一手です。
参考にした主な出典
・Google Cloud「ROI of AI 2025(The ROI of Generative AI)」——調査会社National Research Groupが2025年4〜6月に24か国の上級リーダー3,466人を対象に実施。初年度ROI達成74%、AIエージェント稼働52%の出典(Google Cloud公式・プレスリリース2025年9月)
・McKinsey「The State of AI 2025: Agents, innovation, and transformation」(2025年11月)——AI利用88%、EBIT寄与を認めた39%、全社的な大きな影響は約6%、ワークフロー再設計21%の出典
・MIT系NANDAイニシアチブ「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」(2025年8月、聞き取り150件・従業員350人調査・公開事例300件)——約95%が損益に測定可能な効果なし、約5%が急速な売上増、外部調達67%対内製約3分の1の出典
・Gartner プレスリリース「Predicts Over 40% of Agentic AI Projects Will Be Canceled by End of 2027」(2025年6月25日、3,412組織への調査)——40%超の中止予測、エージェント・ウォッシング、2028年の自律判断15%予測の出典
※各数値は調査ごとに対象・定義・時期が異なります。本稿の主旨は数値の優劣づけではなく、比較のための前提の違いを示すことにあります

